橋爪謙一郎×柴田典子 対談②


 儀式は気持ちを表現・整理するための

 発明なのです。



 「形式」に対する不要論、
 「心」に対する必要論


 
柴田 日本でもここ数年、「葬儀不要論」が広がりました。ただどちらかと言えば、葬儀社が対価に値するサービスをきちんと提供できているのか、という問いかけなのではないかと思います。


橋爪 その通りですね。だから、「本当は葬儀は高くない!」と言うだけでは、葬儀不要論への反論とはならないと思いますね。

 では、葬儀の必要性とはどこにあるのか。私の恩師である心理カウンセラーのアラン・D・ウォルフェルト氏は「言語は自分の感情を伝えるには未発達である。儀式は気持ちを表現・整理するための発明である」と言っています。たとえば誕生日やクリスマスを祝ったりするのも儀式の一つで、言葉では伝えにくい感謝や愛情を伝えるためにやっている。儀式の持つ意味は、心を伝えるためのコミュニケーションにあると思うのです。日本だろうと米国だろうと、儀式のやり方こそ違っても共通することではないでしょうか。


柴田
 故人の方への感謝の心を形にするのが、葬儀という儀式ですね。結局、「葬儀不要論」は形式に対する不要論であって、心のケアに対するニーズは今も変わらずあるはずだと思うのです。


橋爪
 家業的な昔ながらの葬儀社、あるいは宗教者の中には、心を支えることがきちんとできる人はいたはずです。だけど、共有知にはなっていなかった。葬儀サービスが家業的なものから会社的なものに転換する過程で、そうしたノウハウが失われ、大量生産化されたシステムになってしまったのだと思います。それは米国でも同じで、今では「クッキーカッターで型抜きしたような葬儀は最悪だ」とも言われています。


柴田
 要は形式に問題があるわけです。日本の葬儀社では多くの場合、葬儀サービスが一式セットになっていて個別に対応できないことが問題の一つです。フォーマットの見積書が決まっていて、コース料金で何十万円という値段の決め方をしている。その中には、祭壇や棺の費用も人件費もすべて、一緒くたに含まれています。


橋爪 中でも直葬などは、人件費を限界値まで切り詰めることによって低価格にしていますね。たしかに、終末期にお金をかけられない人もいる。しかし葬儀社はもっと、「これは葬儀社でやりますが、これはご自身でなさってもらった方がいい」といった提案をすべきですね。それぞれの方に合った葬儀を考えるとは、そういうことだと思います。

対談
 グリーフケアとは何か?
 心から喜ばれる式とは何か?



柴田 おっしゃるように、葬儀社の担当者がしっかりお話を伺えば、本当は何が必要であり何が必要ないのかはわかってくるはずです。それなのに通り一遍に葬儀社が進めてしまい、遺族の方が「希望とは違うんだけど……」と感じながらなかなか言えなかったという体験談をよく耳にします。

だから、よく聞き、よく察すること、見積書に書いていないような心配りこそが、本当に大切なのだと思います。


橋爪 葬儀サービスを提供する人間にとっては、それこそが仕事といっても過言ではないですね。

実は米国の葬儀代も、日本の人が考えているほど安くはありません。ただその内訳ははっきりしていて、約半分は人件費なのです。打ち合わせの段階を含め、プロフェッショナルサービス料をもらっています。ですのでフューネラル・ディレクターには、コミュニケーションを引き出す「引き出しの多さ」がものすごく問われます。


柴田 現場の人間に求められる能力は、本来そういうものですよね。往々にして葬儀は、「きちんと式をやらなくては」という現実ばかりに目が行って「悲しみの心理」がすっぽり落ちてしまいがちですから、遺族の方に「悲しみに気付かせてあげる」ということも葬儀を提供する側の役割なのでしょう。「対価に見合うサービス」を生み出すのは、何より人の力だと思います。


橋爪 よくよくお話を伺うことで葬儀の意味合いそのものが全く変わってしまったという経験を、米国でしました。
30代の男性の奥さんが、ある日バスルームで妊娠したまま亡くなっていた。でも男性は、お腹の子について身に覚えがなかったのです。男性は奥さんが別の男性の子を身ごもっていたと思いパニックになってしまい、「子どもの式はしない」とおっしゃっていました。
ところが奥さんの職場の人の話によると、「身ごもっていることが夫にばれたら、仕事を辞めさせられる。どうしてもやり遂げたいプロジェクトがあるから、それが終わるまでは話さないでほしい」と言っていたというのです。
持病があった奥さんは、不幸にも妊娠中に亡くなってしまった。しかし、奥さんは最期の最期まで夢を追い続けることができたということが、葬儀の直前にわかった。彼は「色んなことがつながってすっきりした」と納得し、赤ちゃんは奥さんと共に埋葬されました。

自分がプランニングに携わり気持ちの整理をお手伝いした中でこうしたことがあり、葬儀には不思議な力があると感じました。


柴田 いいお話ですね。葬儀に際して職場の方が思い出話をされ、家族が知らなかった故人の一面に気付かされる。そういうケースは実際によくあると思います。思い出話が遺族の方の「前に進む力」になったり、周りの方への「感謝の気持ち」になったりする。「心のふれあいは家族葬でなければできない」なんてことはないのです。


橋爪 (遺族が)よく知らない人と出会う、それも葬儀の持つ一つの意義なのかもしれませんね。

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